TOPICS

患者様に向けた
歯科情報のご提供

現存する世界最古の入れ歯と仏師

松阪市の歯医者、林歯科医院のスタッフの平岡です。

現存する世界最古の入れ歯が日本にあるってご存じでしたか?
かなりマイナーな情報なのですが、深堀するとなかなか面白かったのでご紹介します。

 

まず現存する世界最古の入れ歯は和歌山県の願成寺を開山した尼僧の中岡テイさんという女性のもので、1538年に76歳で亡くなられるまで使われていました。それ以前から日本では入れ歯が普及していたということだそうです。
木製の上顎の総義歯で、しっかりお歯黒まで施されていた形跡が確認できるようです。

 

このころ世界的には、歯が無くなったところに入れ歯のようなものを入れる、という文化はとっくにあったものの、ほぼ張りぼて状態で使えたものではなく、食事ができるような機能はほとんどなかったそうです。
それに対し、この現存する世界最古の入れ歯は驚くべきことにかなりのクオリティで、現代の総義歯と同じように上顎の粘膜に吸い付くような形状になっており、食事をしても落ちてこないように保持されるようになっていたそうで、実際に噛めて使えていたとみられるすり減りが歯の部分に見られるそうです。
世界で現代に近い入れ歯が作られ始めるのは、日本で確認された200年後の1700年代とかなりあとです。

 

なぜ日本は世界に比べて、高い技術の入れ歯の普及が早かったのか?
ポイントは2点あります。

一つ目は日本人の食生活とむし歯率の高さです。
虫歯ケアの甘さ、というよりは食文化が原因とみられています。人類全体でみると、旧石器時代あたりは狩猟生活で食事が糖質のない肉メイン・調理法が焼くのみで食べ物が固くよく噛むので、唾液が多く出て、虫歯がほぼない状態だったそうです。縄文時代あたりから農耕や採集が始まり木の実など糖質を含むものを食べるようになり、また、煮るなど食べ物が柔らかくなる調理法が広まり噛む回数も減少していきます。そのころから人類に虫歯が広まりだしたそうです。日本と世界で差が広がってきたのが、弥生時代あたりからで、稲作文化が普及し始めたころからです。西洋の虫歯率が3~4%のころ、稲作文化の東アジアは18%くらいだったそうです。ちなみに西洋は西暦1000年ごろサトウキビが流通したことで一気に虫歯率が上がります。日本が位置する環境や文化によるところが大きく、早くから虫歯に悩まされていた分、入れ歯文化の発達も早かったということのようです。

 

二つ目は技師の存在です。
現存する世界最古の入れ歯が作られたころ、入れ歯の作成を担っていたのは仏像を彫る仏師でした。
時代とともに需要が減りつつあった仏師に、身分の高い人々が仏像の代わりに制作を依頼したそうです。仏像製作で培われた木彫りの技術を応用し、蜜蝋・松脂などで口腔内を型取り、それを見ながら彫り込み、最後は現代の歯科医師の先生方のように実際の口腔内に合わせながら微調整していたそうです。そのこだわりがあり、きちんと使える入れ歯が発展していったようです。見た目も、前歯部分は動物の骨や歯をはめ込み歯の見た目を再現し、お歯黒等身だしなみまでできるようできていたそうです。

 

なんとなく世界最古の入れ歯ってどんなものなのかな?と調べてみたのですが、人類の食生活の歴史、仏師の本業での需要減と入れ歯ニーズの高さのマッチ、文化的背景など様々な要因が絡んでいて面白かったです。
この話に関連し、世界の偉人とむし歯・入れ歯の裏話や古代の口腔ケア、エジプトのミイラに歯槽膿漏の痕跡、など、話がどんどん展開して面白いので、そういう視点から口腔ケアへの関心が高まることもあるかも?と思いました!